2022.10.24

音楽で起業する!得意を伸ばして働くパラレルキャリア

音楽で起業する!得意を伸ばして働くパラレルキャリア
水野 彰子 shoko mizuno

ピアニスト。名古屋市出身。

東京藝術大学ピアノ専攻を経て、同大学院修士課程室内楽科を首席修了。

現在、新国立劇場オペラの音楽スタッフ、藤原歌劇団団員。

企業メセナ活動振興やアーティスト支援を目指して、2020年12月にSHALONE株式会社を設立。

演奏活動をメインとしながら、コンサート企画制作や企業メセナの推進を行っている。

音大生が自身のキャリアを考えるために、卒業後のキャリアについて音大生ならではの視点でインタビュー。
今回のゲストは、東京藝術大学を卒業後、ピアニストとして演奏活動をしながらSHALONE株式会社を設立し、企業メセナ活動振興やアーティスト支援の場でも活躍する水野彰子さん。
演奏者と経営者のパラレルキャリアを両立する彼女の姿は、私たちに得意を伸ばす働き方のヒントをくれました。

 

 

ピアノに向き合う時間は、終わりがない楽しみ。

 

-水野さんのピアノを始めたきっかけや幼少期について、お聞かせください。

 

ヤマハの幼児科で、ピアノを始めました。その頃、自宅にあったバイエルを二日で全部見終わって、母はもしかして才能あるのかな?と、思って当時の先生に相談したみたいで。そこで、先生が幼児科から飛び級でジュニア専門コースに入ることを勧めてくださったそうです。

祖母も、私と同じ音楽高校に通っていたので音楽に対して理解を示してくれていて、音楽の道を後押ししてくれました。

 

-私もヤマハ出身で、コースも同じです!作曲の勉強もしますよね?

 

はい!ヤマハでは移調やソルフェージュのようなこともやったので、力が身についたかなと思いますね。カリキュラムも私に合っていて、宿題に追われ大変でしたが、好きでやっていました。

 

そのままヤマハを続ける中で、音楽大学など将来を考えるのであれば、音楽高校の先生に就いた方がいいかもしれないと助言をもらいまして。

小学五年生の時、父の従姉妹に、音楽高校の先生を紹介してもらって、もしその先生に習うなら音楽高校に行く進路が見えてくるってことで、自分でも幼いながらに進路を考えなきゃいけなくなって。

 

今まで楽しくやっていたのが、本格的な道に進むとなると怖かったのですが、ヤマハの先生もオススメしてくれたので、新しい先生に就くことに決めてレッスンが始まりました。

その後中学2年の時から、その先生からの紹介で、名古屋にいらした東京藝術大学(以下「藝大」といいます。)の先生に月に一度で見てもらって、道が開いていきました。

 

-小学五年生での音楽高校進学の決断は早いと思うのですが、挫折や辛いと思うことはなかったのですか?

 

実は、音楽高校に進学することは、受験ギリギリまで実感がなかったのですが、みんなが遊びに行く中、練習のために我慢したりとか…葛藤はありました。ピアノのレッスンの前にテニスのレッスンを入れたりするほど運動にも全力で、先生に指が動かない理由がバレた時は相当呆れられました(笑)

 

-そうですよね。それでも、ピアノを続けられた原動力ややりがいはどんなところにあったのでしょうか?

 

結局、ピアノが好きなのが根本にあったのだと思います。

練習を始めるまでは面倒でも、始めたらずっと座っていました。終わりがないからこそ楽しくて、自分はピアノが合っているのかなと何となく思っていましたね。

終わりのない探求や思うように演奏できた時の楽しさにやりがいを感じていました。

 

あと、特にソルフェージュが好きでしたね。音が一つ一つ導かれて楽譜になっていくというのがすごく面白かったです。

そう感じられたのは、ヤマハのおかげでもありまして。

楽典を授業で受けると自分ができる方で、それが嬉しかったですね。自己肯定感や、できる!という達成感が蓄積されて自信に変わっていき、音楽高校・音楽大学を目指す決心も固まっていったのだろうと思います。

 

-終わりがないピアノの研究にやりがいを感じられていたのですね!そのような思いから、受験に向けて進んでいったのですね。

 

大学受験に向けて、自分の課題が明確に分かっていたので、基礎をじっくりと見直して自分の技術を身につける時間を過ごしました。

スケールから指の使い方まで、本を読み漁って、ひたすら研究をしていましたね。